戦前・任天堂花札・・・

恐らく任天堂社長2代目・山内積良氏の時代の花札。

確かではありませんが図柄が大変古い図柄で、まず手摺りであること。

あと4月藤札と12月桐札が今のデザインと違ってハート型に近く、イノシシが描かれる7月萩の花も三角に近いデザインでちょっと違うんですよね。

このデザインは山内積良氏が1933年(昭和8年)に「合名会社山内任天堂」を設立した頃ではないかと思われます。

山内積良氏は花札やトランプの製造販売をより発展させた任天堂中興の祖のような人。。。

戦前から戦後にかけて今ほど娯楽の無い時代、花札は1つあれば座が盛り上がる遊びの一つで当時はよく売れたんだと思います。

私の生まれ育った湯田温泉という町でも昭和の時代は頻繁に遊ばれていました。

これは私の記憶にある我が町なんですが、旅館も観光の方が宿泊される旅館と、出稼ぎで長期滞在される方が宿泊する旅館があって、出稼ぎで滞在されている方同士、顔馴染みや仲良くなった人たちが一つの部屋に集まって飲みながらこういう事をしてました。

それはどこの地域でもあった光景だと思います。

どうしても賭博のイメージが付きまとうので表立って歴史が語られる事が少ないんですが、これも日本の伝統・歴史の1ページだと私は思います。